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自意識が高すぎると

『自意識』 又は 『自己意識』

自分自身を意識すること。

 

自意識が過剰になってしまうと、自意識過剰なんて言われてしまうこともありますね。

もちろん自意識が全くないのも社会生活しにくいですね。赤ちゃんや子供みたいな状態かな。

 

私がイスラエルで生活していた時に一番最初に驚いたこと。

それが、この自意識についてでした。

当時は『自意識』なんて思わなかったけど、振り返ってみるとそうだった。

なんでかというと、周りにいるイスラエル人(主にユダヤ人)が、みんな幼稚園生に見えたんですね。

私が身を置いていた環境がバレエ学校だったというちょっと特殊なダンサーという人たちだったというのも理由かもしれないけど、

でも学校の外で会う人たちも比較的にみんな子供みたいな人が多かったな。

 

一人で過ごす時も、友達とはしゃぐ時も、授業中も、いつもです。

決してそれのせいで環境が崩壊しているわけではないです。

どんな時も、みんなやりたい事をして、言いたい事を言い、笑いたい時に笑い、怒りたい時に怒る。

そしてそれでコミュニティが円滑に回っていました。

誰も誰かに気を使う事がない。他人への優しさはあるけど、遠慮はしない。

それがすごくいい感じに作用していて、居心地のいい環境がありました。

 

私がそれまで過ごしていた日本の教育社会とは全く違う環境だったので、最初は驚くこともあったけど、数ヶ月過ごすうちにその幼稚園みたいな環境の方が私は居心地よくなっていました。

 

誰かに気を使いあって遠慮なんてしないから、自分も誰にも気を使わない。

だから。残ったのは、本当の優しさと、本当の愛情だった気がします。

 

 

話はちょっと変わるけど、

現在ファッションコンサル・ビジネスコンサルでお客さんとやりとりしている最中に、よくある会話でね。

私『脚が綺麗だからもっと脚だしたら?』

お客『こんな年で脚だしたら周りからおかしいと思われませんか?』

 

私『みんなあなたの素の姿が見たいから、もっと自撮りや自分の写真を投稿したら?』

お客『えーなんか恥ずかしい』

 

とか、よくありそうな会話ですよね?

冷静に考えたらわかると思いますが、このお客さんは非常に自意識が高いですよね。高すぎて邪魔しているくらいです。

 

私は本当に脚が綺麗だなー、もっと脚を出したら良い成果が得られるなと感じるから、あのアドバイスをしているだけなんだけど、

確かに、良い大人が脚を出していて、周りから痛い目で見られるパターンもありますが。それは中途半端な人の場合。

私がアドバイスする人たちは本当に美脚の持ち主なので、そういう人は痛くないですしね。

もちろん美脚以外の場合も同じ。

そして一番の事実として、誰もそんなに見ていないってこと。

通りすがりに、脚の綺麗な女性が通ったらワァーーっておもわずみるんだけど、その1分後には忘れています。

そんなくらいのこと。

 

SNSでの投稿方法なんかも、恥ずかしいとか、思っているってことは

前提に『ものすごくたくさんの人が自分の投稿を見ている』というのがあるはず。

 

でもね、事実は

そんなにあなたの投稿は見られていませんよ。

今のSNSは流れが早いし、facebookなんて特に。みんなサラーーっとしか流し見ていないから、そんなに投稿一つ一つに自意識を置いていると大変になりますね。

長く継続はできなくなる。

 

 

自意識が高すぎることが息苦しさを生んでいるとしたら、大抵のことは必要ないんじゃないかなと思う。

 

もっと意識を向けるべき大切なことはたくさんあるはずです。

 

 

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