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プライベート,

イスラエルのお母さん

蒸し暑くなってくるこの季節。夜も寝付きにくくなってきました。

ベッドに横たわって、窓から見える空をボーッと眺めてると、いつもイスラエルの事を思い出します。

私の第二の故郷。イスラエル

 

たくさんの友人もいますが、 私がいつも思い返している人物は

ユディット・アーノン

イスラエルでの私の母の様な人。私が通っていたバレエ学校の校長です。

ご本人は、生涯をダンスに捧げた、真の芸術家です。イスラエルダンス界の礎を築いた人間。

そして、彼女を語るのに無視できない事は

アウシュビッツからの生存者だという事。

 

ホロコストに関してはブログではコメントしませんが、私がここで発信したいのは、

ユディットの生き様。

アウシュビッツ内で起こっていた内容は、様々な文献や映像で知ることができるから、ご存知の通り。

人間らしい生活が一切できない環境。

 

ユディットは普段はその体験について語る事はないけど、イスラエルで定められているホロコストのメモリアルデイの日だけは

必ず学校の生徒達を集めて、彼女の体験を語ってくれた。

 

私がユディットを尊敬するのは、

彼女が語るホロコストやアウシュビッツ内での事は、とても前向きなの。

 

強制労働を課せられる毎日の中でも、小さな幸せやユーモアを忘れないようにしていたとか

小さな石ころに神の存在を感じるような芯の強さ。

 

平和ボケな私たちでは想像出来ないような苦難を乗り越えて来た人間の深い優しさ。

そんな事を教わった。

 

 

私がイスラエルにいるときに、イラク戦争が始まった。

イスラエルにも攻撃が来るかどうかの緊迫した時期があり、学校も休校になったの。

イスラエル人の生徒はみんな家族の家に帰った。

留学生の私は、行く場所がなく不安なのを理解して、ユディットは家に私を招いてくれました。

「もし爆弾が飛んできても、このバレエ学校だけは避けるように神が配慮してくれるから、大丈夫よ。心配しなくていい」

と、言っていたのを覚えてる。

冗談めいて言っていたけど、

彼女のダンスに捧げた人生が、物凄く強い信念から成っているんだな。と感じました。

 

もう亡くなって何年も経つけど、

ユディットが教えてくれた教訓、そして彼女の生き様全てが、私だけじゃない、多くの人の中で生きています。

 

イスラエルのお母さん。

会いたいなー

眠れない夜はとくに。

 

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しなやかへの道のり〜①NY編

筋肉よりも骨を使う

しなやかな体、しなやかな生き方を実践していきたいのであれば、とても重要なこと。特に我々日本人の身体、精神には…

 

 

『しなやかピラティス』でも口が酸っぱくなるほど言っていることですよね。

 

でも、言うのは簡単。実際にやるのは簡単じゃないですね。

 

しなやかピラティスに出逢うまでの、生徒さんたちの生き方・体の使い方は、もちろん様々なので、その方によるのですが、

 

筋肉信仰どっぷりで来た方は『筋肉よりも骨』に移行するのに時間がかかります。

運動を専門的にして来た方、身体を鍛えて来た方、自分に自信がある方に比較的多いです。

地動説を信じていた人々が、天動説を信じるようになるくらいの事だと思っています。

かなりの不安を伴う人もいるし、覚悟と勇気を必要とする人もいらっしゃいます。

 

 

逆に、いとも簡単にすんなりと『筋肉から骨に』軸をシフトする方もいます。

運動は好きじゃない方、スポーツをあまりして来なかった方、自分をあまり持っていない方に比較的多いかな。

 

 

私の場合、

最初からしなやかが備わっていたかと言えば、決してそんな事はありませんでした。

子供の頃からバレエやダンスを学んでいたので、運動量は普通の人よりも多く、また学んでいた先生の言う事、やり方を心底信じていたので、その内容を自分のものにすればするほど、自分に自信が持てていました。

そんな錯覚を持っていました。

 

そして生まれて初めて私の地動説がひっくり返った瞬間は…

よりダンスの一流の世界を見たくて、日本を飛び出したときでした。

 

NYのスタジオで出逢うダンサーや、先生の【easiness 】気楽さ。

ガムをクチャクチャ噛みながら踊る、メチャクチャカッコイイダンサー達。

今まで、日本のスタジオで、規律・規律・規律の中で、先生の言う事をいかにしっかりやるか!をタスクにして踊っていた私は、

まず表情から硬い。もちろん表情が硬ければ、全身が硬いのは当然。

 

ア然としました。

 

でも、そこで私が良かった点は【素直】であった事。

せっかく一流に触れたい、より素晴らしダンスをしたい!という気持ちでNYに来たんだから、

イイなと思ったものは、素直にマネしていったのです。

 

私がまずマネしたのは、服装

日本育ちのそれまでの私のダンスファッションは…レオタードにタイツはマスト。髪型もバサバサしないようにスッキリまとめて。

が当たり前でした。

 

それを現地のオシャレなダンサーの女の子を真似て、

レオタードを脱いで、ブラトップだけ。お腹を出し、

Tシャツやスウェットはビリビリに切ったり破いたりしました。(ダンサーファッションの定番)

タイツも脱いで、もっと楽なパンツに変えました。

髪型もラフにしました。時には長い髪をそのまま垂らして踊りました。

 

そして、ガムを噛んでみたり、笑

ヘラヘラしながら踊ってみたんです。

 

そういう事を続けていくと…

いつしか、表情は柔らかくなり

悩みだった太ももの張りは消えて

緊張しやすかった私の心は、少しずつほぐれて行ったんです。

 

続く・・・

 

 

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自意識が高すぎると

『自意識』 又は 『自己意識』

自分自身を意識すること。

 

自意識が過剰になってしまうと、自意識過剰なんて言われてしまうこともありますね。

もちろん自意識が全くないのも社会生活しにくいですね。赤ちゃんや子供みたいな状態かな。

 

私がイスラエルで生活していた時に一番最初に驚いたこと。

それが、この自意識についてでした。

当時は『自意識』なんて思わなかったけど、振り返ってみるとそうだった。

なんでかというと、周りにいるイスラエル人(主にユダヤ人)が、みんな幼稚園生に見えたんですね。

私が身を置いていた環境がバレエ学校だったというちょっと特殊なダンサーという人たちだったというのも理由かもしれないけど、

でも学校の外で会う人たちも比較的にみんな子供みたいな人が多かったな。

 

一人で過ごす時も、友達とはしゃぐ時も、授業中も、いつもです。

決してそれのせいで環境が崩壊しているわけではないです。

どんな時も、みんなやりたい事をして、言いたい事を言い、笑いたい時に笑い、怒りたい時に怒る。

そしてそれでコミュニティが円滑に回っていました。

誰も誰かに気を使う事がない。他人への優しさはあるけど、遠慮はしない。

それがすごくいい感じに作用していて、居心地のいい環境がありました。

 

私がそれまで過ごしていた日本の教育社会とは全く違う環境だったので、最初は驚くこともあったけど、数ヶ月過ごすうちにその幼稚園みたいな環境の方が私は居心地よくなっていました。

 

誰かに気を使いあって遠慮なんてしないから、自分も誰にも気を使わない。

だから。残ったのは、本当の優しさと、本当の愛情だった気がします。

 

 

話はちょっと変わるけど、

現在ファッションコンサル・ビジネスコンサルでお客さんとやりとりしている最中に、よくある会話でね。

私『脚が綺麗だからもっと脚だしたら?』

お客『こんな年で脚だしたら周りからおかしいと思われませんか?』

 

私『みんなあなたの素の姿が見たいから、もっと自撮りや自分の写真を投稿したら?』

お客『えーなんか恥ずかしい』

 

とか、よくありそうな会話ですよね?

冷静に考えたらわかると思いますが、このお客さんは非常に自意識が高いですよね。高すぎて邪魔しているくらいです。

 

私は本当に脚が綺麗だなー、もっと脚を出したら良い成果が得られるなと感じるから、あのアドバイスをしているだけなんだけど、

確かに、良い大人が脚を出していて、周りから痛い目で見られるパターンもありますが。それは中途半端な人の場合。

私がアドバイスする人たちは本当に美脚の持ち主なので、そういう人は痛くないですしね。

もちろん美脚以外の場合も同じ。

そして一番の事実として、誰もそんなに見ていないってこと。

通りすがりに、脚の綺麗な女性が通ったらワァーーっておもわずみるんだけど、その1分後には忘れています。

そんなくらいのこと。

 

SNSでの投稿方法なんかも、恥ずかしいとか、思っているってことは

前提に『ものすごくたくさんの人が自分の投稿を見ている』というのがあるはず。

 

でもね、事実は

そんなにあなたの投稿は見られていませんよ。

今のSNSは流れが早いし、facebookなんて特に。みんなサラーーっとしか流し見ていないから、そんなに投稿一つ一つに自意識を置いていると大変になりますね。

長く継続はできなくなる。

 

 

自意識が高すぎることが息苦しさを生んでいるとしたら、大抵のことは必要ないんじゃないかなと思う。

 

もっと意識を向けるべき大切なことはたくさんあるはずです。

 

 

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可愛い子には旅を

昔からあることわざ

『可愛い子には旅をさせろ』と言います。

 

私自身、18歳で単身日本を飛び出ましたが、旅をする本人は、何もわからずにおりましたが。自分が親になってみて、送り出す親はこれが簡単じゃないと分かりました。

 

私のお母さんはどんな心境で可愛い娘をたった1人で旅に出せたんだろう。とよく考えます。

 

母にも直接聞いた事があってね、母の答えはだいたいいつもこんな感じ。

「人間どこで何をしてようが死ぬときは死ぬし、生きるときは生きるのよ。ははは」

でした。笑

 

さっぱりとした性格の彼女らしい答え。こんな事を言っていたとしても、じゃぁ、心配が全くなかったのか?といったらそんな事はないよ。もちろん。

内心はもちろん心配もあったと思います。

でもそれは私には見せなかったな。

 

そして今、私が親をやる番。

「可愛い子には旅をさせろ」は実現させるつもり。

外国を見せるのも思考が固まる前の子ども時代に見せとこう

 

 

 

少子化の今、ますます、「可愛い子には旅をさせる」の流れはないのかな。

旅させる or 旅させない

2極化。

どちらが良い悪いじゃなく

私は、可愛いからこそ、どんどん旅立ってほしいと思ってます。

最近、旅関連の投稿が続いてるな〜

 

 

 

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牛と言われた私 in Paris

先日は20歳の頃の北欧への旅の記事を書きました。

 

旅連載ということで、今日は5年前のパリへの旅の出来事。

今は5歳の次男(当時は生後4ヶ月)を連れての2人旅でした。

 

今ではスーパーハイパーな彼ですが、赤ちゃんの頃は本当に手を焼かせない無駄に泣いたりしないいい子だったんです。

飛行機の中でもずっとスヤスヤ寝ていてね。CAさんたちにも可愛がってもらって、赤ちゃん連れでも快適な旅でした。

シャルルドゴール空港のおしゃれなオムツ変え台!!

 

 

ただ、当時はまだ授乳オンリーで育ててましたので、お腹が空いたら、授乳して、ちょっと泣き出したらすぐに授乳して、、、というふうに、何かあったらすぐにパイパイを飲ませるていう感じになってたの。

 

パリでは、現地の友達(フランス人)と過ごしていました。

 

フランス人ってさ、特にパリの人なのかな?は人前で赤ちゃんに授乳するっていう習慣がないのか。

私がカフェとかで赤ちゃんに授乳する姿が(そんなに大胆にオッパイは出してないよ。こっそりあげてました)新鮮だったみたい。

 

一緒にいた友達からも

「牛みたいだよーー」

って言われたし。笑

ちょっとショックでした・・・必死で笑っていたけど・・笑

 

まぁ、そりゃ、牛みたいなのはわかるけど。騒がれるよりはこの方が楽なんだよーって言いましたが。

 

もう、パリには小さな子を連れては絶対に行きません。

楽しくないもんね。

パリに住む人の洗練されたライフスタイルはかっこいい。しかもそれが自然体だから余計にかっこいい。

急に牛みたいな授乳しまくり東洋人が来ても、動揺しないしね。

 

自分のスタイルが確立されているということは、人のスタイルもあるというのが当然な世界なので、他人のことも自分の事のように尊重できるんだよね。

 

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ボーンホルム島

スウェーデンでの夏を過ごした15年前、

記事はこちら

 

デンマークのボーンホルム島にも寄りました。

ボーンホルム島(Bornholm、古ノルド語による古い表記ではBurgundarholmr)は、バルト海上にあるデンマーク領の島。スウェーデン南部スコーネ県とドイツ、ポーランドに挟まれている。人口5万人。行政面ではデンマーク首都地域のボーンホルム基礎自治体を成している。かつてはボーンホルム島と周辺の小島でボーンホルム県を成していた。「バルト海の宝石」と称される。Wikipedia より抜粋

 

3泊ほどの寝袋を持ってのワイルドキャンプ旅でした。

 

ボーンホルム島では自転車を借りて、島の外周をサイクリングしながら、夜はビーチで寝たり。ほんとに自由な旅です。

20歳ならではって感じでしょ。

 

遺跡やら、建造物やらには全く興味のないお子ちゃまでしたので、ただただ、歌いながら自転車漕いで、お腹空いたらカフェでピザをかじって、あとはビーチで泳いだり寝たり。

今思い出すと、どんだけ贅沢な旅だったんだろうと思う。

 

 

「この瞬間がずっと続いたらいいのにな」

ってゆう瞬間、人生の中で何度くらいあると思う?

1度?2度?もうちょいある?

 

ボーンホルム島でのビーチで私はそんな瞬間を味わいました。

 

大好きな仲間と、素晴らしい環境、最高の気分。

「あー、この瞬間がずっと続いたらいいのにな」って心の底から湧いて来た。

それを友達に言ったら、その子もそう感じていたみたい。

 

私は旅との相性が良い人間だから、こーゆー瞬間はいつも旅の中です。

 

私から旅を取り上げたら、多分死ぬ。

 

2回にわたって、私の20歳の頃の旅の思い出をお送りしました。

お付き合い頂きありがとう♡

 

これからも面白い旅をしていくぞ。

 

 

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20歳・スウェーデンの夏

この季節になるとかならず思い出す事があります。

 

15年前、20歳の夏。

 

イスラエルに留学中の時、学校の夏休みを使ってバカンスに行った、スウェーデンとデンマーク。

今日はスウェーデンのことを書く。

私が滞在していたのはマルメから1時間ほどの場所にある小さな小さな村。ブラークネフービ。

友達のお宅に1ヶ月滞在しました。

 

夏の北欧は、みんながとにかくハッピー。冬が憂鬱過ぎるぶん、夏にはみんなが外にでて出来る限り太陽の光を浴びてました。光合成してた。

朝も昼も夜もずっと外。

くらーい冬と、明るい夏のギャップが面白いよね。

 

 

友達に連れて行ってもらった真夜中の森の湖。白夜だから、夜でもうっすら明るくて、とても神秘的。

それはそれは今でもはっきりと思い出せる美しさ。

夜中の1時くらいだったかなー。うっすら明るくて、静かで、湖面に映る木々が絵になってね。

 

真っ裸で夜中の湖に入って泳いだ。

 

夏だけど、水は冷たくてねー。寒かったな。最高に気持ちよかった。

 

もう15年前かー。それ以来行ってないな。

また行ってみよう。

デンマークのボーンホルム島のキャンプの話は次に書くね。

 

 

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私が見たイスラエル③

イスラエル連載、3個目ー

私が見たイスラエル①

私が見たイスラエル②

もどうぞ。

 

今日はイスラエルのどんなところをご紹介しようかな。

 

イスラエル人の時間感覚のことにしよう!

 

これはねー、かなり困らされましたねー。

とにかく、時間の感覚が私とは違ったんだよねー。

 

友達とクラブに行く約束するでしょ。

『19時にあそこのクラブに集合ねー』

 

で、私は何時に行くか?

人を待つのは好きじゃないから、少し遅れていきます。19:15くらい。

 

誰もいない。

 

19:30

 

誰も来ない。

 

20:00

 

まだ来ない。

 

いったん、帰ります。

 

20:45再度待ち合わせ場所へ

 

まだ誰も来ませんよ。

 

21:00

 

ようやく集まり始める。。

 

21:30

 

みんな集合。

 

ま、こんな感じです。

毎回。

 

私も何度も何度もこんな経験をしたので、最終的にはイスラエル人の時間感覚を身につけました。

 

『19:00集合ねー』は

『21:30に集合』ですよ。

 

皆さんもイスラエルに住む時には思い出してね。

 

でも、普段は『ヤラヤラ』【早く早く】ってみんな口癖なんだよねー。

何なんだよー

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私が見たイスラエル②

連載2個目ー

私が見たイスラエル①もどうぞ

 

「イスラエルに留学していました」というと、9割くらいの確率で「どうしてイスラエル??」と驚かれます。

まぁ、留学先に選ぶメジャーな国ではないよね。

私は通いたいバレエ学校が目的だったから、それがたまたまイスラエルだったという感じ。

 

「イスラエルってどんな国なの?」と聞かれた時に、サクッと答える場合私はこう答えます。

「みんな本音で生きている国。幼稚園みたいだよ」と答えます。

 

本当にねみんな幼稚園生くらい、本心・本音で生活しているの。

 

私は子供の時から日本ってゆう国が嫌いだった。だから、一日も早く脱出したくてね、高校の卒業式直後に飛行機に飛び乗ったくらい。日本が窮屈でした。

振り返って見て、どうして私が日本が窮屈だったのか、、、

人の本音が見えない。建前が本音を塞いでしまっているからだなと思ったの。

 

そんな私が、イスラエルみたいな国に出会ったのは、最高にラッキーな出来事です。

ようやく私は19歳にして水を得た魚のようにイキイキと生きることができました

 

私はこれからも本音で行く。

私の周りの人たちにも本音で来て欲しい。

 

だから、何年か一度は無性に幼稚園に戻りたくなるんだなーー

 

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私が見たイスラエル①

19歳〜22歳の時期を過ごしたイスラエル

私にとったら第2の故郷なんです。

 

高校卒業して、初めて親元を離れる人は多いでしょ?

その、1人の自立した人生を歩み始める場所って、自分に対して大きな影響を与えると思いませんか?

それが私はイスラエルだったの。イスラエルの前にはNYも半年居たけど… ホームステイだったからか、そこまで影響を受けてない。

 

イスラエルでは、ひとり暮らしだったし。スーパー行ってご飯買ったり。ランドリーに洗濯物出したり。決めて、行動して、失敗して、泣いて、笑って、またやって

を全部自分でやったからね。だいぶ自分形成に影響を受けていると思うの。

 

イスラエルは四国の面積と同じほどの小さな国です。

8割ユダヤ人で、世界中のユダヤ人がこの国に移り住んで来てるから、色んな国の人がいます。

面白いのはね、私がよくロシア人だと間違われたコト!

で、どうしてチョーアジアンな私がロシアンに間違われるのかと思ったら

ロシアでも中国寄りの方には東洋顔混ざった人が多いみたいだね。

 

うん。まぁ、そう。だからよくロシアンに思われたんだねん、、

 

 

あと私が驚いたのは

イスラエル人はブランド物に興味がないんだよ。世界的なハイブランドの種類。

テルアビブ辺りではたまーにショップはあるけれど、エルメス・シャネル・ヴィトン・サンローラン…とかのバッグを持ってる人全然みない!

 

ファッショナブルな人はチョー多いのよ!

なのに何でかな〜って思って観察してたんだけど。

イスラエル人がお金をかけるのは

『学び』

そう、何かを勉強したり学んだりする事に投資をよくしますね。

若い子に限らず、大人もしょっちゅう大学に通うし、専門学校に通ったりしてたのに驚いたわけよ。

まさに【生涯学習】

興味がある事に対する探究心が高いんだなー。

 

情勢がつねに不安定な国民だから、お金をモノに使うのではなくて、自分の知識や教養に使うんだろうね。

きっと、世界中のユダヤ人がスーパー賢いのはそのせいなんだなー。

って肌で感じました。

 

だから、私も学びには投資を惜しまないの。

私はブランド物にも投資を惜しまないけどね。笑